高橋惠子の愛の逃避行とは?失踪事件とその相手(河村季里)の現在は?

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女優

60歳を超えて今でもとてもお奇麗な高橋惠子さん。

デビュー時の名前は関根恵子でしたが、私はその当時日本テレビの人気刑事ドラマ「太陽にほえろ!」が大好きで、

その中で「シンコ」役の関根恵子(高橋惠子)さんがとても好きでした。

そういえば、高橋さん1度行方をくらまし、気付いたら関根から高橋になっていたなという事を思い出しちょっと調べてみました。

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高橋惠子プロフィール

本名 ;高橋惠子 (旧姓・旧芸名:関根 恵子)
生年月日 :1955年1月22日
出生地 :北海道川上郡標茶町
血液型 :AB
職業 :女優
ジャンル :映画、テレビドラマ、舞台
活動期間 1970年 –
配偶者 高橋伴明(1982年 – )
事務所 ブロウアップ

デビュー当時

関根(高橋)さんの主演デビューは1970年8月封切の『高校生ブルース』。

当時、主演の予定だった南美川洋子さんが降板、その代役に抜擢された。

その役は妊娠する女子高校生という役で、その当時としては割と衝撃的な役で、

その映画ではヌードだけではなく、透けたネグリジェ姿や白いパンティに透けたアンダーヘアを披露するシーンもあり、

その当時15歳とは思えない大胆な演技で、話題を集めました。

また、同じ年に本来デビュー作の予定だった『おさな妻』でゴールデンアロー賞新人賞を受賞。

その当時のマスコミによる記事で、奔放な不良少女のイメージが作られた。

(私も当時そういうイメージを持ってしまいました・・・)

本来の自分とは違うイメージがついてしまい、一時は女優引退を考えたとの事。

引退作のつもりであった映画『遊び』で監督の増村保造さんの情熱に感動し引退を思いとどまったとの事。

その後も数々の映画やドラマに出演されてましたが、1977年にストレスがピークとなり、自己否定するようになったとの事。

その年の春に大量の睡眠薬の服用による自殺未遂を起こし、女優を休業、

岐阜県の山村でひっそりと生活をしていたとの事。

ただ、その時の生活は一人ではなく作家の河村季里と一緒だったとの事。

 

愛の逃避行とは?

その後、1979年に関根(高橋)さんは女優復帰をされ、舞台「ドラキュラ」への出演が決定しました。

しかし、関根(高橋)さんはストレスの再発から舞台初日前日にタイのバンコクへと逃亡してしまいました。

その時タイへの逃亡を共にしたのが、小説家の河村季里さんでした。

当時、関根(高橋)さんは24歳、河村さんが35歳で、タイへの逃避行生活は112日間に及び、両親から捜索願が出され、

マスコミが現地で追いかけて連日の報道等、大スキャンダルに発展しました。

ただ、一説によるとこの逃避行は河村さんの嫉妬だという説もあり、

舞台で共演する役者(杉浦直樹さん)とデキているのではないかと疑った河村さんが、高橋さんの自分への愛を確かめるために逃避行したという説もありますが、真相は分かりません。

 

河村季里とは?

では、河村季里さんとはだれでしょうか?

河村季里(かわむら きり )

1944年生まれで元作家。

1987年に株式会社K&Bパブリッシャーズを設立し現在もそちらの代表取締役との事。

企業の業務内容は海外旅行の案内書を編集しているとの事。

関根(高橋)さんとのお付き合いは、15歳で映画デビューした高橋さんが、初めの作品から立て続けにヌードになること等をを要求され、精神的に不安定な状態が続いた時、

粗野と繊細さを併せ持つ河村さんと知りあい、そのキャラクターに高橋さんが惹かれていったそうです。

 

いろいろありましたが、現在はそんな過去があったことを感じさせない(私はそんなことがあった事も忘れていた)高橋さんこれからも応援したいと思います。

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